季刊誌『動橋(いぶりはし)』とは
丸八製茶場が年4回発刊している小冊子です。弊社のお茶をご愛飲くださっている全国のお客様に、送付させていただいております。
1992〜93年にかけて、お茶の生産者や茶園との交流をとおして、原点ともいえる『加賀棒茶サロン』という広報誌を発行していました。

その後1993年9月『動橋』にうまれかわり、お茶だけにこだわらない“ものづくり”を紹介していくようになります。陶芸や漆塗り、蒔絵など多くの伝統工芸に携わる作家の方達が登場した「工房記」を中心に、
白山(はくさん)の四季や斬新な生花の写真が目を楽しませてくれました。また、食のつくり手を取り上げた連載もありました。
現在は、礼儀作法にまつわる連載(といっても堅苦しくありません)とコラムを掲載しています。
企業が発行しているものとしては珍しい、読み物を中心とした季刊誌です。 |
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**最新号**
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第69号 2011年 冬- ☆連載 陶智子
- 近代礼法書に見る「茶」其の二十
- ☆コラム ティータイム
- 自分時間◇村瀬正尊
二人の紅茶◇市原渚
|  *季刊誌のタイトル“動橋”は丸八製茶場が在る加賀市の町のなまえです。
動橋(いぶりはし)/山中町・小大日山に発し柴山潟に注ぐ動橋川下流にある。文明一八年(一四八六)、加賀国を遊歴した京都聖護院門跡道興の「廻国雑記」に「これよりしきちいみなみうち過て、
いぶり橋とてあやうくいぶせき橋に行かゝりぬ。行暮てふめはあやうきいふり橋命かけたる波の上哉」とある。同書によると、橋は渡れば動く簡素なものだったようだが、
江戸時代後期には幅二間・長さ二二間の石橋であった。(江沼志稿) 近世には北陸街道の宿駅で大聖寺宿と月津宿(現小松市)の間に位置し、
駅馬一四疋を常備していた。江沼郡では熊坂村に次ぐ大村で、高一千六二三石余、小物成には伝馬役九六匁余・問屋役八六匁・酒役八六匁
のほか茶役があった。(江沼志稿) 振橋神社は明治二三年(一八九〇)に白山社を改称したもので、祭神は天照皇大神・菊理媛神・
大己貴神。八月二七日より三日間行われる祭礼は、もとは薪材を集めて境内で焼いたので屑焼祭といわれたが、現在では川魚のグズ(カジカ)
を焼くグズ焼祭と変わり、毎年盛大になっている。〔平凡社『石川県の地名』より〕 |