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| ■ 芹乃栄(せりすなわちさかう) |
2012年01月11日(水) |
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一笑はお正月1月3日から営業をはじめました。 年末に磨き上げた店内は清々しく、松はまっすぐに伸び、南天の実は赤々と彩る。 釜からは、白い湯気がたちのぼり、気持ちがよい。。。と眺めている間もほんのひとときで、暖簾を出してすぐにお客様が、ひとりふたり。そして賑わいの一日となりました。 いつもならスタッフたちで、お正月のお菓子「花びら餅」や大福茶をいただいて、さあ、今年もがんばりましょう、、そんな時間があるのだけど、今年は慌ただしさで、せっかくのお菓子も休憩にひとりつまんだり、ラップにくるんで持ち帰ったりと、なんだか味気ない、と思ったのは私だけかしら。 季節のものを「味わう」ときは、いっしょに過ごす人との会話もご馳走だったりする。 −今年のゴボウはりっぱだね〜 −私のお餅、大きかった気がする〜 なんてちょっとした会話で、もっと味わい深くなるし、巡ってきた季節をより感じる。
いつも注文しているお花屋さんから、今年も七草のはいった植木鉢を頂きました。 小寒を迎えた寒さの中に、こんなかわいらしい若緑色の野草。 以前お客様とのお話しの中で、七草を聞かれて全部を応えられなかった恥ずかしい思い出がある。恥ずかしい、と思えただけで私にはまだ日本人の心が残っているかなと思って勝手に良い解釈をしてみたり。 子供の頃、“七草粥”というやさしい響きにひかれて、母に意味を聞いたり、作ってほしいとねだったりしたな。 いろんな思い出がよみがえる。 お正月の疲れた胃腸をいたわり、これからの寒さに備えていただく“七草粥”。 昔の人の生活はなんて心豊かだったのでしょう。 「食すること」は「生きること」。 そこに季節や、守られてきた節目の知恵、そしてそれらを分かち合う人との会話や心遣いの大切さ、豊かさをお伝えできる一笑になれるように。 花びら餅: 求肥に白味噌餡、ピンクの餅とゴボウの砂糖煮がはさまれた半円状の和菓子 平安時代の新年行事、長寿を願う「歯固め」の簡略化されたもの。 600年続いた宮中のおせち料理のひとつ |
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| ■ 事始め |
2011年12月09日(金) |
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新年の準備をはじめる日 コトノカミの祭祀(神事の始まりの日)
一笑の朝は、そうじから始まる。 一笑にとって「そうじの時間」はとても大切で、どんな日でもすみずみする。 〜スタッフのみんなは、たいへんと思ってるかな。 チェックきびしいからな。〜 ずいぶん前のお話。ある時、一笑で不思議な感覚になりました。 いつも通り朝から板の間の廊下を水拭きしていると、自分がいつの時代にいるのかわからなくなった。。 (私はいつの誰なんだろう?) もくもくと床の間や書棚を拭きながら、、、そのうち (そうか。いつの時代も、こうしてそうじをしていた人がいて、変わらずに続いているのだ。) と、浮遊していた自分がもどる。そんな不思議な感覚。 ここはかつて花街であり、芸があり、人の生活があり、さまざまな思いのあった街。 そして、今もあるはずなのだ。 (私たちは「茶を淹れる」だけでなく、この街の中の一軒として一笑は「守ること」がある。それは、この「古い建物」は然り。そして「街」であるということ。) 毎朝そうじをしていると、そんな心の声でしゃきっとなる。 毎朝そうじをしていて、そんなふうに感じてもらえたら。 2011年も終わりを迎えようとしているこの東山は、ずいぶん様変わりしたけれど、かつての花街と時間の中でつながっている。私たちはこれからをどうつなげていくのか。 流されるのではなく、流れていく。流れになる。 十二月。 「事始め」とは今年から、来年へと絶えることない人の暮らしからうまれた知恵。 いつも以上に掃除やら、片づけがたくさんある。 十二月の間、あちこち磨いて、そしてまた来年を迎えましょう。 つづいていくこの街の一部として、私たちが守るべきものとは・・・ もう少したったら、一笑のみんなに聞いてみたい。 |
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| ■ 雪降り蜘蛛 |
2011年11月05日(土) |
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冬晴れの日、蜘蛛の子が自分の出した糸に乗って舞いあがっていくようす。日差しにきらりと光る。雪を迎えにいくという。
日中の日ざしが低くなって、お店のテーブル席まで長く差し込むようになると、今年も秋から冬になるのだな、と思う。 お茶も冬支度の季節になりました。 11月は炉開き、そして口切りの茶事。初夏に摘んだ茶葉を詰めた壺の口を切り、そのお茶を挽いて、お客様に点てて出すので「茶家の正月」ともいわれています。
一笑でも10月半ばから、口切りにむけてお菓子やら茶を入れるかわいらしい袋やらを準備していました。 そしてその頃、ちょうど21世紀美術館の企画展「作る力を寄せて」のひとつに安藤雅信氏(ギャルリももぐさ)の茶席もあり、なにかヒントになるかも。と出かけてきました。 発泡庵という名の発泡スチロールの空間に安藤氏の選んだ絵、生けた花。 安藤氏が茶を点てる。心地よい緊張感と、茶の香り、美しい菓子、茶碗のぬくもり。味わいある道具。安藤氏のお話。席を隣にした客人との会話。 茶二服になんとも満たされた時間を過ごすことができました。 茶というと、なにか作法やら面倒くささやら頭でっかちなイメージが先行していて本来の「生活の中で楽しむ」ということをもっと伝えたい、というお話しをすると 「そう思っている人は全国にたくさんいますよ。身近な道具をとりいれた利休の茶はそうだったように、基本的な作法が守られていれば、いいのですよ。」 安藤氏の茶道具は、自分の良いと思ったものが集められ、なければ作ったり、手を加えている。そして「その人のために点てる茶、その人のための時間」。盆も大きな火鉢受で流麗式のシンプルなスタイルでしたが、空間すべてからもてなし、そして人柄が伝わってくる。 やはり「茶」は「思いやり」なのだ。客を思いやる。客はその思いをいただく。 一笑の茶も、そうでありたいな。 今年の一笑の口切りは、ちょっとかわるかもしれない。
参考「歳時記のある暮らし 監修:坂東眞理子」 |
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| ■ 十三夜 |
2011年10月12日(水) |
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「仲秋の名月」の次にめぐってくるお月見。 十五夜は中国伝来だが、十三夜は日本独自の風習。 あの暑い、朝から晩へと繰り返した毎日を忘れるような、やさしい日差しと、揺れるすすき。夜の風と虫の音。そして澄んだ空に浮かぶ月もまた秋の風景。
満月になる前の「よはく」に風情を感じる、日本人の美意識。「十三夜」。 たしかに先月の満月は眩く、みとれるほどの円の美しさ、あまりのみごとさになぜか淋しさすら感じるのす。
「Queen‘sFellows」という松任谷由美のアルバムがあって、その中に 「14番目の月」という曲があります。 想う人との幸せを夢見ながらも、満ちてしまうむなしさとと、不安定な互いの心を楽しむ、複雑な乙女心を月に重ねた歌詞と、センチメンタルな曲調が、今の季節にここちよい。 〜つぎの夜から かける満月より 14番目の 月が一番好き 〜
このアルバムは彼女の30周年記念として、自分の曲を自らアーティストたちに依頼した14組によるカバー14曲になっていて、この曲は「スピッツ」というバンドによって歌われています。男性がうたう女性の心情だから、なお心に切なさがつのるような。。 気ぜわしく時間におわれ、スケジュールを埋める毎日の方がおおいのでは? 秋の夜長には音楽を。 今年の十三夜には、よはくの美を。 |
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| ■ 野分 |
2011年09月16日(金) |
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「野分」。立春から数えて二百十日、二十日目は台風が襲いやすい日。 野の草木を分けて吹き荒れる、激しい風。
八月の終わり、久しぶりに本社のある加賀・動橋へ出かけました。 金沢から電車で小一時間。朝はいつも空いていて、窓側の席を選ぶ。金沢から市内を過ぎると田園が続き、川をわたり、だんだんと白山の山並みが続く。この景色はいつも美しく、文庫本も広げたまま、風景を眺める、ながれる、ながれる。 一面金色に実る稲、線路沿いには伸びる月見草、艶やかなツユクサ。深い緑色の山々。 この八月はかつてない暑さと、震災以来、心がかたまった感じに疲れていたのだけど、この風景に心がゆるゆると癒されていくのを感じる。自然は美しい。 駅に着くと、動橋の町の中は、提灯があちこちに下がっていて、聞くとあの「ぐず焼き祭り」だそうだ。 昔、村を潤す大切な動橋川は、お盆を過ぎると川に大グズ(ハゼ科のどんこ)が現れ、村を荒らすのだと。それを救ってくれた振橋神社に感謝し、高さ3m長さ12mの木や藁(わら)や布で作った大グズは男衆に担がれ、街を練り歩いたあと境内で燃やされるというお祭り。 この「ぐず焼き祭り」の知らせを聞き、そしてもうひとつ。その翌週には、富山八尾での「おわら風の盆」の知らせを聞くと、毎年、もう秋だな、と思う。 「風の盆」は一度足を運んだことがあるが、なんとも幻想的で、哀調おびた音色には祈りさえ感じる。 そう、暴風を吹かせる悪霊を送り出す風鎮祭とのも言われるこの祭り。 昔から日本人は、自然とともに、寄り添いながら生きてきました。 今年は豪雪に始まり、あの大震災、そして襲いかかる台風。つぎつぎに起こる自然災害に、怒り、悲しみ、むなしく絶望につつまれました。 それでも、人は自然の恵みに生かされ、移ろう季節に心癒されるのです。そうして昔の人は、祈り、祭り、感謝してきた。 今、日本人がもう一度取り戻さなくてはならないのは、自然への敬意。 生きる土地への敬意。そしてその土壌で支えあう人たちへの敬意。 今までは楽しむばかりの「祭り」でしたが、その意味をあらためて知らなければならないし、食に携わる丸八製茶場として、大切なことを思う秋となりました。 「祭りは、祀り手たちが自分たちのために行う、生きるための切実な行事であったのだ」 〜 祭りとイベント 小松和彦 著 より 〜 |
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